VIVA★63

アラフォーデザイナー@サイゴン

【ドイツ留学編】2009年6月 別れと旅立ち

 

別れ

「いかないで!!」

と泣き叫ぶ、美香を見つめながら、僕の心は冷めていった。
ここは、成田空港保安検査場の手前。

ここで、美香と別れたら、彼女とはもう二度と会えないかもしれない。
でも、どうしてここに来て、彼女は泣き叫ぶ?

僕には理解できなかった。

彼女は、「泣けばドラマのように、僕がドイツへの渡航をやめる」と思ったのだろうか。
それとも、単に感情が溢れ出しただけなのか。
僕の心は何も迷わなかった。
ドイツ行きは何年も前から計画していたこと。
ただ、ドイツへ行く1年前に、美香に再会したから、こんな状況になっている。
別れが決まっていても、恋愛にブレーキはきかなかった。

だけど、自分勝手だけど、僕はドイツへ行く。
それ以外、僕の人生を挽回する道はない。
その時は、そう信じていた。

僕は、泣き叫ぶ彼女の手を振り払い、保安検査場へと向かった。

20代最後の年を迎えていた僕に、もうあとはない。
一人の女性を幸せにすることよりも、自分の夢を選んだ。
果たして、その時僕が抱えていた夢にはどれほどの重みがあるのか。
他人からみればチンケな夢だ。

でも、腐りきった自分ともお別れを告げたい。
新しい異国の地なら、素晴らしいスタートが切れるのではないか。
彼女との別れを悲しみながらも、心は新しい地へ挑む気持ちでワクワクしていた。

飛行機に乗り込むも、なかなか飛行機は飛び立たなかった。
あとから聞いた話だが、美香は雨に濡れながら、僕の飛行機が飛び立つのをずっと見送ってくれたらしい。

 

旅立ち

北京についたのが夜の 22:00
ここからフランクフルト行きの飛行機に乗り換える。

搭乗の際にいつもひっかかるのが荷物検査。
ベルトやブーツなんかがひっかかる原因だ。
いつもの調子で通ろうとしたら係員にとめられた。

なぜ?

成田は無事通過したのに・・・

「おまえナイフもってるだろ?」

いや、そんな危ないもの持ってないし・・・

リュックをもう一度検査され開けらた。
出てきたのが、七得ナイフ。

あ、やばい

スーツケースの重量が20kgという制限があったから、荷物をリュックに移した際にまぎれこんだのだろう。
もちろんそれは没収。
ナイフを持ち歩くなんて、おれはテロリストか。

それよりも、成田空港の荷物検査がザルだということが、ここで発覚したわけだ。
大丈夫かい成田空港。 

荷物検査を通過してはいいけど、フランクフルト行きの飛行機が出るのは3時間後。
さっきの係員とのやり取りで、冷や汗を嗅いて、喉が乾いた。

ここは北京の空港。
時間は深夜22:00

さてここで使える通貨は?

or

ドル

「円しかもってねーし!!」

とか思ってたら、

なんと財布に3ドル入っていた!!
小学校時代の友達が旅立つ前にくれた餞別。
本当に救われた。
持つべきものは、古き友ってか。

ここから、フランクフルトまでは本当に遠かった。

約10時間

エコノミーでぐっすり眠れるわけない。
悲しい別れもあって心が穏やかでなかったのもある。
ドイツの田園地帯を飛行機の上から眺めながら、10時間なんとか耐え忍んだ。

ドイツについたのは現地時刻6:20

日本発ってから約18時間経っている。
機内でろくに寝てないし、早く宿について眠りたい。
さて、ここから僕がこれから暮らすハイデルベルグまでどう行こう?

ふつうの留学生は、留学先の学校からお迎えを頼むらしいけど、せっかく異国に来ておんぶに抱っこじゃおもしろくねぇな。
ということで、自分で行くことにしていた。なによりその方がお金がかからない。

ドイツは日本ほどではないが、鉄道が充実している。
都心は地下鉄が走っているし、郊外主要都市も鉄道で移動できる。
しかし、フランクフルト空港内と駅はつながっているが、長距離の電車と市内の電車の駅は乗り場が離れているらしい。

成田空港から東京駅へ出るイメージだ。と言っても、成田空港と東京駅ほどの距離はないが。
しかし、勝手のわからないドイツの国、フランクフルト空港から駅まで30分くらいさまよった。
さらに、切符を手に入れるまで、列にならんだりで1時間くらいかかった。

自意識過剰かもしれないが、フランクフルト駅を彷徨っているとき、ホモっぽいドイツ人に後をつけられた。
自意識過剰かもしれないが・・・。

初めてのヨーロッパ。
ここの人たちは、僕ら日本人より背が高い。
僕の顔一個分高い人もたくさんいる。
自分がアジア人だっていうことが嫌なほど実感した。

夢を背負って、恋人を突き放して、ドイツにやって来た割には、いきなりビビってるオレ。大丈夫か。

 

フランクフルトDB 2009

フランクフルトDB (2009年)

 

ドイツの自販機 2009

ドイツの自販機(2009年) コーラ2ユーロ(270円)は高い!

 

フランクフルトからハイデルベルグまでは、マンハイムで乗り換えて約1時間
午前9時半頃ようやくたどり着いた。

電車内で驚いたことといえば、車内に自転車を持ち込んでる人がたくさんいること。
東京じゃありえない風景。

ハイデルベルグの駅からもまだ移動がつづく。

ぼくは、これから半年以上暮らす分の重い荷物を抱えている。
成田空港出発してからほとんど寝てないし、すでにけっこうしんどい。

日本ではほとんど見かけなくなったチンチン電車(トラム)がヨーロッパでは大事な公共交通機関の1つだ。
バスよりも安全だし、便利だ。
僕が住むことになる宿はハイデルベルグ駅からトラムで5分のところにあった。

ちなみに、トラムの乗り方がわからず、日本人っぽい人がいたので日本語で話しかけたが通じなかった。
後から知ることになるが、このハイデルベルグという街は、世界中から学生がやってくるから、アジア人も結構多い街なのだ。

さて、トラムから降りて、ようやく宿に着いた。 と思ったら
ここで、日本じゃありえないことが起こる。

まずチェックインに行ったら、
「鍵は学校に行ってもらってきてくれ」
と言われた。

まぁそれはしょうがない、と思い。

荷物はフロントで預かってもらい、鍵を取りに学校へ。
それがちょうど朝の10時頃

学校の受付で言われたことにびっくり。

「渡せる鍵がない。コピーを作ってくるから1時間くらい待っててくれ」

はぁー

早く寝たいんだが・・・
しょうがなく1時間待って、11時過ぎに取りに行くと鍵はもらえた。

「これでやっと休める」と思い

案内された部屋に行ったら、ドイツ人がいた。

「まだ用意できていない」

という

ついでに

「ベッドが届くのが夕方の5時~7時の間になる」

とか言ってる。

はいはい。異国での洗練には初日で慣れた。
まぁ、でも海外行ったらこういうことってよくあるって聞くけど、自分に起きたら嫌になるな。

ベッドが用意できるまでの間、街を散歩しにでかけた。
ハイデルベルグはネッカー川が近くにあり山に囲まれ、建物は中世の趣を残し、街に人と車が多いが、すごく素敵な街だった。

tabistar.club

 

もはや、日本に置いてきた彼女のことは忘れ、新しいドイツ生活での期待に心が浮かれていた。

 

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