VIVA★63

アラフォーデザイナー@サイゴン

過去のワールドカップを振り返ると自分の人生が見えてきた

 

今回のワールドカップは熱い!!

日本が決勝トーナメントに進出したからだろう。

ベルギー戦が終わってしまったら、僕たちの夢は終わるかもしれない。

このテンションは今だけだから、ブラジルとメキシコの試合を観ながら、過去のワールドカップを振り返ってみたい。

 

1993年 ドーハの悲劇

僕が、ワールドカップというものを知ったのは、中学校1年生だったと思う。

日本でのサッカーリーグ、Jリーグがはじまり、ドーハの悲劇が起きた年だ。

僕が小学生の頃、学校で人気のスポーツといえば

1位 野球

2位 バスケ

3位 ドッジボール

 

僕の学年では、本当にサッカーの人気がなかった。

スラムダンク全盛期で、みんなバスケにハマっていた。

でも、僕は実はサッカーが好きだった。

 

中学校に入ると、Jリーグがはじまり、急にサッカーが注目されるようになった。

ドーハの悲劇はリアルタイムで観ていたし、とてもがっかりしたのを今でも覚えている。

代表選手は、みんな大人で年上だった。

1998年 フランスW杯

日本が初めてワールドカップに出場した。

僕は高校三年生だった。

スター選手は、ゴン中山や城だった。

外れたけど、城が蹴ったオーバーヘッドキックは今でも覚えている。

この頃のゴールキーパーの川口は、その後も長い間日本の守護神として活躍していた。

そして、ヒデ(中田)や小野伸二など次の時代をひっぱていく選手が代表選手に名を連ねていた。

 

思い出は、クラス内で賭けたトトに勝って1000円ゲットしたこと。

アルゼンチン戦は、金持ちの友人の家にクラスの半分くらい集まって、プロジェクターを使って大画面でサッカー観戦、というか応援したこと。

このとき一番ビックリしたのは、この金持ちの家の家だった。

優に50人以上入れる広大な部屋が彼の家にあったのだ。

 

残念ながら、このW杯では、日本は1勝も出来ずに敗退する。

 

2002年 日韓W杯

このときは、日本中が本当に盛り上がった!!

僕は22歳で、大学四年生だった。

トルシエジャパン。中田ヒデに圧倒的な存在感があり、小野伸二や稲本といった僕と同年代の選手の活躍が嬉しかった。

三茶のスポーツバーでロシア戦を観戦したのを覚えている!

このW杯では、日本はベルギーと引き分け、ロシアとチュニジアに勝って無敗で決勝トーナメントへ進出した。

開催国が有利とはいえ素晴らしい成績だった。

 

韓国がベスト4までいったが、イタリア戦とスペイン戦は誤審だらけで、曰く付きの試合となった。

matome.naver.jp

 

この歳は、日韓共催ということで、日本と韓国はどちらかといえば友好的な関係だった。

日韓の仲が悪くなるのはこの後だ。

 

2006年 ドイツ杯

日本を牽引してきたヒデが引退するW杯となった。

ジーコジャパンでは、トルシエジャパン時代に代表に呼ばれなかった中村俊輔が活躍。

他にも、高原や小笠原など力のある選手が揃っていて、初のベスト8を期待されていた。

しかし、1勝も出来ずに敗退。

ブラジル戦では、1点先制するも4点取替されて、後半では余裕のブラジルが体力温存のためかパス回ししていたのを覚えている。

ブラジル戦が終わったあと、ヒデは大の字になってフィールドに寝転んだ。

彼のサッカー人生が幕を閉じた日だった。

 

そうそう、ドイツ杯で衝撃的な事件といえば、これ

マテラッツィ、ジダンとの“頭突き事件”を引き起こした侮辱発言の真相を明かす【超ワールドサッカー】

勝戦の試合中に、フランス代表のジダン選手がヘッドバッドをイタリアの選手にかましたこと。

衝撃的な事件だった。

頭突きの理由は、

「お前の姉貴より娼婦のほうがましだ」

と発言されたことらしい。

 

2010年 南アフリカ

ヒデが去った新しい日本代表は、本田圭佑という新たなスター選手が誕生していた。

この頃から、日本代表選手は僕より若い人が多くなる。

他にも長友や長谷部といった新時代をひっぱていく選手が中心となっていた。

僕はといえば、30歳になり、ドイツ留学を経てベトナムで働くようになっていた。

ベトナムで観るはじめてのW杯だった。

会社の寮にあった映りの悪い14インチテレビで試合を見たり、夜に試合がある日は、スポーツバーへでかけて観戦したりした。

ちょうどベトナムに来たばかりで、一緒に楽しむ友人もおらず、試合の時間帯も昼間だったりして、僕自身はいまいち楽しめなかった記憶がある。

 

しかし、日本代表は頑張って、グループリーグを突破。

決勝トーナメントではパラグアイPK戦までもつれ込むが、残念ながら敗退。

 

2014年 ブラジル杯

振り返ってみると、ブラジル杯のメンバーと今回のロシア杯の代表メンバーの顔ぶれはあまり変わっていない。

長谷部・長友・本田・香川・岡崎・川島、そして大迫も出ていた。

このときは、1勝もできずに惨敗。

 

僕はと言えば、ベトナム人女性と結婚し、子供が生まれたばかりの年だった。

妻の実家で試合を観た日は、家族が日本を応援してくれたのに、日本は1勝もできなかった。

 

ベトナム人は、サッカーが大好きで、会社に行くとワールドカップの話ばかり、もちろんどこの国が優勝するか、という賭けがあちらこちらで行われていた。

 

↓お帰りの前にクリックお願いします!

にほんブログ村 小説ブログ エッセイ・随筆へ
にほんブログ村